行方不明

きのみきのまま

亜鉛Tシャツを着ろ

ラーメン屋で担々麺を食べた。その店の一番のおすすめだったので。本当は味噌ラーメンとか平和なやつにするつもりだったけど券売機のところで気分が変わった。

運ばれてくるとカレーの香りがする。スパイスの香りを嗅ぐと無意識のうちにカレー、と思う。どうやら花椒の香りらしい。説明にもそう書いてある。

三口食べると全味蕾の機能が停止しお口の中が営業停止になった。すすってもすすっても感じるのは麺の歯ごたえのみ、舌の上では味蕾が縮こまってぷるぷる震えている。かわいそうに。辛くて食べられないというのは何度も経験があるけれど、食べても食べても味がしないというのは初めてだった。味覚障害という言葉が去来する。味覚障害には亜鉛を摂取するといいという知識をなぜか知っている。亜鉛亜鉛と唱えながら味のしない担々麺を全部食べた。

亜鉛といえば高校受験のとき通っていた塾の塾長に一時期「亜鉛ちゃん」と呼ばれていたのだった。期末か中間か、学校の試験の自己採点をしていて、理科のテストでZnが何を表すか分からなかったことを言うとゲラゲラ笑われそんなことも知らんのかと怒られ、事あるごとに会話の端々に「亜鉛」「Zn」を挟まれ、そんなに覚えられないならでっかく「Zn」と書かれたTシャツを毎日着なさいと言われ、おかげさまでこんな歳になっても忘れられずにいる。強烈な塾長だったがカリスマ性にあふれていて、間違えても怒るというより面白がってくれた。面白がられると忘れないし他の人にも知らん間に共有されてるので他の人も忘れない。おそらく亜鉛の話も塾長によって色んな人にばらまかれている。

母親が極度の心配症で私が進学校へ行きたがるのを反対していたから、受験を迎えるに当たって精神的に孤立無援だったときも塾長が強く励ましてくれていた。進学校に行くのに反対するってなんやねん。まあ確かに結構無茶な偏差値だったんだが。

 

その日も朝まで仕事していたので、脳内会議の結果味がしなかったのは寝不足のせいということになった。帰り、味がしないかもと思いつつ口直しにセブンのホットカフェラテを買う。啜ると柔らかないつもの苦味が口の中に拡がる。いつ再起動したんだお前ら。自分の味蕾に話しかける日が来ようとは。